朗読台本

【朗読台本】終末の魚たち【6分~10分】

【朗読台本】終末の魚たち【6分~10分】
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作者名 紺乃未色(こんのみいろ)
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紺乃未色
紺乃未色
世界が終わりを迎えようとしている日をテーマにしました。エブリスタの超・妄想コンテストにて「優秀作品」に選出していただきました。

概要

カテゴリ 朗読(一人)
ジャンル 現実世界・SF
時間(目安) 6~10分
あらすじ 今夜、九時。終末を迎える。
とある夫婦の小さな物語。
注意 このストーリーはフィクションです。実在する人物や団体、出来事などとは一切関係がありません。

その他、朗読におすすめの台本は、以下のページにまとめています。

紺乃未色
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ぜひご覧くださいませ。
朗読におすすめ
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フリー台本『終末の魚たち』

1

どうやら、世界が終わるらしい。
そんなニュースが世間を騒がせてから、半年あまり。

ついにその日がきたというのに、町はいつもと変わらない。
空には雲一つない、いたって普通の土曜日だ。

どういうつもりなのか、配達員はポストに朝刊《ちょうかん》を届け、隣の鈴木さんは鉢植えに水をやっていた。

しいて変化を挙げるなら、数ヶ月前まではチラシでぎっちり膨らんでいた新聞紙が、ほっそりとしたことだろうか。
なるほど、これは妙に現実を知らしめてくる。

タイムリミットは今夜九時。残されているのは、十一時間あまり。

結婚して十年になる妻は、いつものようになにもいわずに外出したばかり。
めっきり少なくなった会話から知ったことは、最近、中学校時代の友人とよく顔を合わせているということだ。

ひょっとして、浮気だろうか?
ここにきて、疑いもしなかった考えがよぎった。
まあ、今となっては、どちらでもいいことか。

僕は、ソファから立ち上がり、水槽《すいそう》の前へと移動した。

「君たちも、気の毒だったね」
このタイミングに生きていたばっかりに、抗いようのない大きな流れに生を閉ざされてしまう。

慈《いつく》しみが伝わったのか、四匹の金魚がガラスの傍によってきた。

自慢じゃないが、彼らは僕に懐いている。こちらをじっと見てきたり、エサの時間じゃなくても、近づいてきたりする。

可愛いものだ。
思えば、金魚たちとの付き合いも、もう、十一年になる。飼ってから知ったことだが、わりと長生きなのだ。

彼らとは、妻がまだ恋人だった頃に近所の夏祭りで出会った。
今より体が一回り小さかったときは、僕が水槽に近づいても知らんぷりしていたっけ。

ところが、年数を重ねるうちに、どんどん信頼関係が生まれていった。少なくとも僕はそう思っている。

「でもなあ」

それも全部、意味のないこと。
ふいに虚無感《きょむかん》を覚え、テレビをつけた。

電源はオン。真っ黒な画面。ぼやけた僕の輪郭《りんかく》が映っている。

ぽちぽちと義務的にチャンネルを操作すると、ひとつだけニュースを報道している番組があった。

いやというほど聞いた単語が、繰り返されている。

地球、隕石、壊滅的、避けようがない、それから今日の日付。

「いっそのこと」

町がパニックとなり、ぎゃあぎゃあ騒がしければよかったのに。
そうすれば、わけもわからないまま終末を迎えられたはずだ。

少しの希望を持ち、窓を開けると、秋の風がひゅるると入り込んでくる。

僕の期待を裏切るように、街はどこまでも静かだった。

2

妻が帰宅したのは、夕方の六時。

僕が両親との電話を終え、金魚にエサをやりながら「最後の晩餐《ばんさん》だね」と、笑えない冗談を言っていたときだった。

そりゃあ驚いた。
てっきり、もう帰ってこないと思っていたから。

「ただいま」
「……おかえり」

「はい、これ」
妻は、茶色い包みを差し出した。ふわりと香ばしく、甘い匂いがした。
どこかで嗅いだことのあるような……。

僕は、袋を受け取ると、片手を突っ込み、中のものを引っ張り出した。

「タイ焼き!」
思わず声を上げる。

「そう、覚えてる? 南公園の隣のところ」
「ああ、学生時代によく君と食べてた」

もう十五年以上も前の話だ。
大学帰りにデートするとき、よくそこでタイ焼きを買って、いろんなことを話した。

どうでもいいような、ささいなことばかりだったけど、僕はけっこうその時間を気に入っていたんだ。

「ふと、思い出してね。さっき友達と別れたあと、行ってみたの。そしたらさ、まだやっててびっくり」

妻はそう言いながら、イスに腰掛け、テーブルに頬杖《ほおづえ》をついた。
珍しく、会話を続けてくれる気でいるようだ。

「へえ。あのメガネかけた女の人だった?」

そこは女性の店主が切り盛りしていた。
当時、五十代くらい。
人付き合いを好まなさそうなタイプだったこともあってか、周りの大人は、変わり者の独身者だと噂していたっけ。

「そう! おんなじ人だった。ずいぶんとおばあちゃんになってたけど。しかも、私のこと、覚えててくれたのよ。あなたのこともね」

妻は、興奮したように言った。

「凄いね。たしかに、通いつめてはいたけど、記憶に残ってるもんなんだね」
「まさかって感じだった。それで私ね、これで最後だからって思って伝えたの。あのときは彼と恋人だったけど、今は夫婦ですって」

「そしたらなんて?」
相手の反応が気にならないといったら嘘になる。

「こっちが拍子《ひょうし》抜けするくらい喜んでくれて。その人、なんて言ったと思う?」
「わからないよ。なに?」

「《《今日》》、お店開けてて、本当によかったって。そのことが聞けて嬉しいって。私、あの人の笑ったところ、初めて見たかも」

きょう、という言葉の重みがのしかかる。

「……そっか」

タイ焼き屋の店主は、懐かしい客にいったい何を思ったのだろう。

「私、最初は意味がわからなかったの。久しぶりの再会って言っても、お互いに名前も知らないのよ? カップルの客が時を経て夫婦になっていたからって、そこまで喜ぶかなあって」

「うん」
「だけど、ちょっと今、わかったような気がする。あ、でも、どうだろう。違っているかも」

彼女は、水槽をぼんやり眺めながら言った。
そこでは、四匹の金魚たちが十年前とおんなじように思いのままに泳ぎ、エサを突いている。

「ええ? どっち?」
僕は笑った。

「たぶん、それを理解するには、私はまだ若すぎるのよ」
「もう、三十代なのに?」

「まだ三十代よ」
妻は不服そうに言った。

「そうだね、まだ三十代」
ここで機嫌を損ねるなんて野暮なことをしてはダメだ、と僕はうなずく。

3

「いただきます」
妻は会話をやめて、ぱくりとタイ焼きにかぶりつく。

「いまだに、君はしっぽからなんだね」
僕は頭の方から頬張った。

もぐもぐと、タイ焼きを堪能する。まだ、温かい。

「変わらないね」
「うん。この味だよ。やっぱり美味しいや」

僕はそう言って、お茶を淹れるために立ち上がった。学生のときはコーラばかりだったけれど、今は緑茶が恋しいんだ。

妻は無言でタイ焼きを食べ続けている。沈黙。それが心地良かった。

リビングに漂うのは、水槽のエアーポンプから聞こえるブクブクという音だけだ。

「ねえ、あの子たちさあ、自分の身に起こること、なーんにも知らずにごはん食べてるのよねー。いつもと変わらず」

僕がお茶をのせたトレーをテーブルに置くと、妻が言った。

「そうだね。まあ、僕たちも似たような感じだけど」
僕はイスに座り直す。

「そう? 私たちは、前もって情報を知ってるじゃない」
「そうはいってもさ、最期のときに、何が起こってどうなるかなんてわからないし」

「まあ、そうね」
妻がうなずく。

「夜ごはん、どうする? 簡単なものなら作るけど」
僕は暗い雰囲気にならないようにと、話題を変えた。

「うーん。あ、せっかくなら、冷蔵庫のなかのもの、一緒に全部使い切りましょうよ。なんでもありの料理をするの。どう?」

妻がいらずらっこのように笑う。
大学時代の面影がちらつく。思えば、久しぶりに見た笑顔だった。

「それはいいね」
僕は答えながら、ふと、胸のなかに懐かしさと温かさがこみあげてくるのを感じた。
ありきたりな言葉であらわすなら、これが幸せなのかもしれない。

すっかり、忘れていたけれど。

「決まりね! すぐにでもとりかかりましょう。なんてったって時間がないんだから」
妻が冗談じみた口調で言った。

「その通りだ」
どうか、彼女もおなじ気持ちでいてくれますように、とひっそり願う。

終末まであと少し。

僕は最期の瞬間まで、かつてはありふれた、小さくも愛おしい時を過ごそうと思う。
そこにいる金魚たちみたいに。