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ー表記内容ー
台本名 | 当ページのタイトル |
作者名 | 紺乃未色(こんのみいろ) |
サイト名 | フリー台本サイト「キャラコエ」 |
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概要
カテゴリ | 朗読(一人) |
---|---|
ジャンル | 現実世界 |
時間(目安) | 4分~8分 |
あらすじ | 「もう少し思いやりのある言い方できないの?」それは、 母の口癖になっていた。 |
注意 | このストーリーはフィクションです。実在する人物や団体、出来事などとは一切関係がありません。 |
その他、朗読におすすめの台本は、以下のページにまとめています。
フリー台本『本心』
1
「もう少し思いやりのある言い方できないの?」
それは、母のあの人に対する口癖《くちぐせ》だった。
あの人の言葉には、鋭い棘《とげ》がある。
「そんなことも知らんのか」「あほか」「意味がわからん」
一言目には突き放すようにそう言うものだから、そのうち伝えようとする気すら、すん、と静かに消えて行く。
私も物心がついた頃から何度も傷付いたし、泣くこともあった。
うちがおかしいと気づいたのは、友達のリカちゃんの家に遊びに行ったとき。
リカちゃんのパパは穏やかで、声を荒げているところなんて一ミリも想像できなかった。二人が仲良く話している光景を初めて見たとき、私はショックのあまりお腹が痛くなって、家まで車で送ってもらったんだ。
「どうせ、腹でも出して寝てたんだろ」
腹痛を訴える私に、仕事から帰ってきたあの人はそう言った。
どうして「大丈夫?」の一言もでてこないんだろう。怒りや悲しみを通り越して、私はそんな疑問を抱きながら、ベッドの中で丸まったっけ。
とにかくあの人みたいにはなりたくない。
中学生になる頃には、心に決めていた。だから、人とのコミュニケーションには、そりゃあもう慎重になった。本を買ったり、セミナーに行ったりするくらいに。
育ててもらった感謝はしている。でも、小学校のときから、27歳になった今まで、愛情なんてほとんどない。
だから、葬儀《そうぎ》でも涙は一つも零れなかった。
「家、帰ろっか」
私は喪服姿《もふくすがた》の母の方を見てぽつりと言った。
「うん」
母のまつげはかすかに濡れていて、セレモニーホールのやけに白い蛍光灯《けいこうとう》の光を反射している。
ついさっきまで、どこまでも無だったはずの心や胸が、ざわついた。
「あんな奴のために、流れる涙がもったいないよ」そう感じたけど、伝えない。その方がいいと、学んだからだ。
きっと、母は母なりに、思うところがあるのだろう。
私よりあの人と過ごした時間は長いのだから、きっと情が湧いているんだ。
ここで私の感情を押し付けるのはよくない。そう思った。
2
父の葬儀から一年が経った頃、私は友人の結婚式で着るドレスを探そうと、家族の共用クローゼットを探っていた。
ふと、目に入ったのは、あの人の黒くて大きなコートだった。生地がつるつるしていて、水や花粉を弾き飛ばすタイプ。なんだか、持ち主に似ている。
きっと、母が捨て忘れたんだろう。
遺品《いひん》はすべて整理し終えたはずだから。
めんどくさいけど仕方ない、処分するか。
衣類は燃えるゴミに出してよかったっけ?
町内のゴミ出しルールのことを考える。
後で、確認しよう。そう思い、ハンガーからコートを外す。
「ん?」
軽く折り畳もうとしたとき、石のような固形物が腕に当たる感覚がした。
硬く、少し重みもある。
コートのポケットに何かが入っているのだと気づき、手を突っ込む。
サイフ? それとも鍵の束? 携帯用のアルコールスプレー?
思い当たるものを浮かべてみる。
答えはどれでもなかった。
「本?」
ポケットから出てきたのは、一冊の文庫本。
あの人、本を読むイメージなんてないんだけど……。
書店でつけてもらったのであろうブックカバーを外し、息を飲む。
私も読んだことがあるそれは、話し方・伝え方について書かれているベストセラー。
いわゆるコミュニケーションのための本だ。
ところどころ、右端が三角形に折ってある。
そういえば、彼はふらりと出かけることがあったっけ。興味がないから聞き流していたけれど、散歩がてら公園に行っているらしいと母が言っていたような気がする。
幼き日、連れて行ってもらった公園のベンチ。そこで本を読む父の広い背中を想像する。
……いったい、体の中のどこに残っていたのだろう。
父を思う涙が今になって零《こぼ》れそうになる。
「どうして……」
ひとつも、身になってないの?! 学ぼうという気はあったんじゃないの?!
ぱらぱらとページめくり、薄っすら茶色くなった紙を撫でる。
「なんで、こっそり……」
ぽつりと水滴が落ちて、雨の跡《あと》みたいに滲んでいく。
せめて、父の努力に気づけたのなら、少しは私の気持ちも変わっていたんだろうか。
わからない。
だって、彼の実際の言動はちっともよくなっていないから。
どうして本を読んでも理解できないのだと、怒りが増す可能性だってゼロじゃない。
でも……。
今さらなにを思っても、父ヘの気持ちがどう変化しようと、過ぎた時間は戻ってこない。
それだけはわかる。
「……はあ。線香《せんこう》でも上げるか」
私は観念したように、小さく息を吐く。
それからコートをハンガーにかけて、クローゼットに仕舞い直した。
今はひとまず、ポケットの中に隠されていた父の本心を受け取ろう。
私は仏壇《ぶつだん》の前に座り、チーンという音を聞きながら、そう思った。
完