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ー表記内容ー
台本名 | 当ページのタイトル |
作者名 | 紺乃未色(こんのみいろ) |
サイト名 | フリー台本サイト「キャラコエ」 |
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概要
カテゴリ | 朗読(一人) |
---|---|
ジャンル | 現実世界・SF |
時間(目安) | 6~10分 |
あらすじ | 母さんの彼氏が死んだ。玄関の床で滑ったらしい。 僕はそれを聞いたとき、ふうん、と思った。あいつは右足が悪かったから、そういうこともあるだろう。 |
注意 | このストーリーはフィクションです。実在する人物や団体、出来事などとは一切関係がありません。 |
その他、朗読におすすめの台本は、以下のページにまとめています。
フリー台本『消されたのは誰』
1
母さんの彼氏が死んだ。玄関の床で滑ったらしい。
僕はそれを聞いたとき、ふうん、と思った。
あいつは右足が悪かったから、そういうこともあるだろう。
母さんはしくしく泣いていたけれど、こっちはスカッとした気分だ。だって、奴は機嫌が悪いと僕のことを殴ってきたり、物を投げつけてきたりした。灰皿、ビールの缶、ギャンブルの雑誌、どれもけっこう痛いんだ。
もしも、僕がもっと体の小さな子どもだったら、大けがしていると思う。
母さんだって、アザだらけだ。
そんな状況だったから、滑って転んで死んだのも、きっとバチが当たったに違いない。
2
「それでさ、僕まで寒い中、お葬式に参加させられたんだ。ほんと、あくびがでそうだったよ」
隣街にある図書館から続く道を歩きながら、僕はイリスに近況を話した。
「大変だったのね」
彼女とは、たまたま涼みにきた隣町の図書館で出会った。切れ長の美しい目、さらさらのロングヘア。いつもいい香りがして、どこかミステリアスな雰囲気が漂っている。
今までもよく、あいつの愚痴を聞いてくれていた。
まるで女神さまだ。
僕の調べによると、イリスは高校の帰りに、頻繁に図書館による。そこで宿題をして、本を読むのが日課のようだ。
僕は読書の邪魔をしないようにと心掛けて、彼女が家へ帰るタイミングを見計らって声をかけるようにしている。
街路樹からぱっと飛び出して驚かすと、いつも大きなリアクションをくれるんだ。その表情が可愛くてお気に入り。
「まあ正直、ざまあみろって感じ。ずっと僕のことを召使みたいに使ってさ。掃除がちょっとでも上手くできてないと、怒鳴るし叩いてくる」
僕は吐き捨てるように言った。
「そういえば、この間も、床の磨きが甘いって怒られたって言ってたものね」
イリスがぽつりと呟く。
「そうそう。あ! 君がくれた床用の洗剤、すごくよかったよ。さっすが、清掃業者御用達だね。あいつもぴかぴかだってご機嫌だった。ほんと、相談してよかったよ」
僕は声を弾ませる。
「お役に立てたようでなによりよ」
一方、イリスは淡々と、クールに答える。
最近はずっとこんな感じ。前よりもちょっぴりそっけなくなったような気がするけど、ようやく、素を見せてくれるようになったのかも。それとも照れてる?
どっちでも、僕は嬉しい。
「まあ、そのぴかぴかになった床で滑って死んじゃったんだからうけるよね。あはははは……」
僕はそこでぴたりと笑うのを止めた。
「どうしたの?」
イリスが首をかしげる。
「いや、なんでもない。……ほら、よく考えたら、僕が床を磨きすぎたから死んだのかなってさ。そう思うと後味が悪いんだよね」
「その人、ひどい男だったんでしょ?」
「うん。そりゃもう」
「なら、気にする必要ないわよ。仮に、あなたのせいで死んだのだとしても」
イリスはなんでもないことのように言った。
「……そうだよね」
「そうよ」
「ありがとう。やっぱり君がいると僕は救われるよ。あ、そうだ! そろそろ名前、教えてよ。あと連絡先も」
僕はポケットからスマホを取り出した。
3
「イリス」というのは、僕が勝手に名付けて使っている名だ。彼女はかたくなに個人的なことを教えてくれない。
家まで送るって言っても絶対に断られる。
イリスから聞いたことといえば、実家が清掃業者で忙しく、親とはほとんど顔を合わせていないってことくらい。父親が厳しいとも言ってたから、異性と二人で家の近くを歩きたくないのかもしれない。
「うーん。名前と連絡先……ねえ」
イリスの反応はいまいちだ。
「ダメ? 僕ら、もうずいぶんと仲良くなったと思うけど」
僕が言うと、イリスはじっとこちらを見つめてくる。自然と上目遣いになるのが愛らしい。思わず、胸が高鳴った。
「じゃあ、次に会うことができたらね」
イリスはなぜか「次」という言葉を強調して言った。
それから、にっこりとほほ笑む。どこか色気を感じさせる表情だった。
「次ならいいの? ほんと? やった!」
僕にとっては、今も次もおんなじだ。また明日、いつもみたいにここにくればいいだけなんだから。
「ふふ。嬉しい?」
「うん!」
「そう。じゃあ、また、明日ね」
イリスはゆっくりとうなずいて手を振った。
やったぞ、ついに僕にも春がきた!
しつこいって怒られても、うざいってあしらわれても、めげずに話しかけてアピールし続けたかいがあったぞ!
僕はあの男がこの世から消えたという爽快感と、イリスとの恋の予感に思いを馳せた。ああ、なんて幸せなんだ。
足取りは軽い。
今なら電車に乗らずとも、空を飛んで帰れるかも。僕はそんな風に思いながら、鼻歌でも歌いたい気分で家に帰った。
「君、ちょっといいかい」
背後から誰かに声をかけられたのは、自宅のドアを開けようとしたときだった。
4
「え? 僕?」
すぐに、何事かと振り返る。
そこには、二人の警察官の姿があった。
「今から、署まで同行してもらうよ」
一人が無表情のまま言った。
「な、なぜです? 僕、なにかしましたか?」
「おや、しらばっくれる気かい?」
もう一人の男が顔をしかめる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
家の前で騒ぐ気配を感じたのか、母さんが暗い表情のまま家からでてくる。
「警察から話は聞いたわ。まさか、あんたがあの人を……」
母さんは僕からさっと視線を逸らして呟いた。
「え?」
「いいから、来てくれるね?」
僕は無理やりパトカーに突っ込まれ、出荷される動物みたいに警察署へと運ばれた。
「意味がわかりません!」
彼らがいうには、殺人罪の容疑がかかっているらしい。どうにも、洗剤に見せかけたなんらかの液体を使ってわざと床をツルツルにし、足の悪い男を殺そうとしたのでは? とのことだ。
実際に、床からは洗剤とは異なる成分が見つかったらしい。いったい、どういうことだ?
「まだ認めないのかい?」
「本当に違いますってば! 大体、あの洗剤は人から貰ったものです」
「その人の名前は?」
「……知りません」
イリスは、本名じゃないから。
「知らないって君ねえ」
警察官はため息を吐く。
「あ、でも彼女は高校生で、家が清掃業者だって言ってました。だから良い洗剤を分けてもらったんです」
「嘘はよくない。そもそも、四十二歳の君が、どうやって高校生と仲良くなるんだね。いいかい? 君は母親の恋人が憎かった。そして、家の掃除を担当している立場を利用して彼を殺害した。そう情報が上がっている」
「違う! どこからの情報ですか」
このままでは刑務所行きだ。
くそう。こんなことならもっとしつこくイリスの本名を聞いておくんだった。もしくは、盗聴器を彼女の鞄につけておけば……。
そうしたら、「わざとやったんじゃない」って証明してもらえただろう。
気が付くと、目の前にはかつ丼が置かれていた。
そのことが今の現状を俺に知らしめてくる。
くそっ! くそっ! それを食いながら心中で吐き捨てる。
最悪だ。
どうして、僕が殺したことになってるんだ? いやでも、僕は無罪だ。だから、きっとなんとかなる。
僕は心の中で、イリスに声をかけた。
「ごめん。明日、会いにいけそうにないよ……」
きっと寂しがっているに違いない。彼女は間違いなくモテる。こんなところでもたもたしていたら、隙を見た他の男に盗られてしまうかもしれない。そうしたら僕なんて、イリスの心から消えてしまうかも……。
いいや、そんなこと、させるものか!
「こうなったら……」
俺は決意する。
どんなところに連れて行かれても、必ず逃げ出してやる。
イリス、イリス、イリス、イリス。ああ、イリス。
待っててくれよ。
必ず、すぐに会いに行くから……。
完