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ー表記内容ー
台本名 | 当ページのタイトル |
作者名 | 紺乃未色(こんのみいろ) |
サイト名 | フリー台本サイト「キャラコエ」 |
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概要
カテゴリ | 朗読(一人) |
---|---|
ジャンル | 現代ファンタジー |
時間(目安) | 4分~8分 |
あらすじ | 「僕」には価値なんてない。そう思っていたのだけれど……。 |
注意 | このストーリーはフィクションです。実在する人物や団体、出来事などとは一切関係がありません。 |
その他、朗読におすすめの台本は、以下のページにまとめています。
フリー台本『ただの消しゴム』
1
家電量販店の前には、ずらりとテレビが並んでいる。
ニュースだったり、スポーツだったり、ドラマだったり、時間帯によって、世のなかのあらゆることを流しているんだ。
僕の暇つぶしのひとつ。
でも、ちょっと今は、見なきゃよかったって後悔してる。
「いやあ、そういう言葉はどうかと思いますよ。ちょっと軽すぎやしませんか?」
ちかちか光る画面のなかで、ご意見番《いけんばん》らしい男性が言った。
「まあねえ。でも、気持ちはちょっとわかりますよ。親ガチャ、教師ガチャ、上司ガチャ、時代ガチャ、面白い例えじゃないですか」
うわあ……。
そういや、こないだもおんなじような内容をやっていた。
「なあ、ガチャだってさ」
すぐ隣にいるCが呟く。
僕は聞こえないふりをしてだんまりを決め込む。
「俺さ、こういうことを言う奴ら、よくわかんない。よくさあ、自分はそのガチャの対象外です、みたいな顔をしていられるよな。誰もが評価する側で、同時に評価される側でもあるのにさあ」
まあ、その言葉には同感だ。
僕だって、環境や他の奴らのことをいえる立場じゃない。
なにせ、残念賞のただの消しゴムなんだから……。ワクワクしながらガチャのハンドルを回して、出てきたのがこんなちっぽけなものだったら、きっとみんな幻滅《げんめつ》する。
満面の笑顔がみるみるうちに歪《ゆが》んでいって、泣き顔やしかめっ面に変わるシーンを想像するだけで、もういやんなる。
だから、すみっこの方でひっそりと生きていきたいんだ。
誰にも迷惑をかけず、誰もがっかりさせず、誰にも知られず……。
それでいい。いや、それがいい。
2
夜のショッピングモールには、ただただ静けさが広がっている。
いつもはグリーンに輝いている憧れのピクトさんでさえ、灯《あか》りを消して、ひっそりと非常口へと向かうポーズの練習をしている。
僕にとっては、話しかけることもおこがましく思えるくらいに遠い存在だ。
彼のように、誰かにとって役に立つものに生まれたかった。
せめて、僕のそばでじっと出番をまっているAやBのような、景品と呼べるものだったのなら……。
そんなことを何度考えただろう。
僕には、アルファベットの名前さえないんだ。
シンとした空間は、無機質《むきしつ》な心をいっそうカチカチに凍らせて、|憂《ゆう》うつな気分にさせる。
生まれる前に戻ることができないなら、せめて、ここにずっと籠っていたい。
近い未来、このプラスチック製のカプセルが、僕にとっての棺桶《かんおけ》になりますように……。
3
まずい、と思ったのは、これまで感じたことがないような、どこかに吸い込まれる感覚がしたからだ。
「お! はずれ君、出番じゃないか? くくく、せいぜい泣かれてくるんだな」
Cが茶化《ちゃか》す。
「いやだ、いやだ」
僕は叫ぶけれど、人間に声は届かない。
ダメなんだ。
僕は、外にでちゃダメなんだ。
このニコニコとしてハンドルを握っている少女を悲しませてしまう。
「やめてくれ!」
いくら言っても思いは届かず、僕は外の世界へと引っ張られた。
すぐに、パキリという音がして、カプセルが二つに割れた。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
僕は、謝ることしかできない。
「あらあら?」
少女の母親らしき人が、少し残念そうな声を上げた。
……ごめんなさい。どうか、泣かないで。
4
「うわあ! ネコさんの形をした消しゴム! 見てママ! かわいいー」
え?
僕はあっけにとられた。
見ないようにしていた彼女の顔を見る。
涙はない。それどころか、さっきよりも目がうんとキラキラしている。
「え? 気にいったの?」
母親が不思議そうに尋ねる。
「うん! 名前つけなきゃ。うーん、なにがいいかなあ。あ、そうだわ! モチスケにするわ」
「モチスケ?」
「だってね、ママ、この子とってもモチモチしているんだもの」
僕は、名前のないただの消しゴムから、「モチスケ」になった。
正直、なにが起こったのか、さっぱりわからない。
「モチスケくん、よかったじゃないか」
「え? 誰?」
ふいに聞こえてきた声の方を見上げると、ピクトさんがほんのりと優しげに光っていた。
「ふふふ。キミがどう思っているのかは知らないけれど、その子にとって特別なようだよ。ほら、こんなにも嬉しそうだ」
「う、うん? そ、そうだよね」
「そうさ。もっと、自信をもつといい。キミは、こうやって人を笑顔にできるんだから」
そうか、僕、喜んでもらえてるんだ!
やっと実感がわいてきたぞ。
僕、人の役に立てるんだ!
ちゃんと、価値があったんだ!
すごい! すごいぞ!
これは、僕の人生のなかで、とびっきり大きくて、それでいて幸せな大発見!
「あ、ねえ! ピクトさん、ありがとう。……それから、さよなら」
「いいんだよ。導くのは私の使命《しめい》だのだから。それはそうと、人生はこれから。キミの扉はそっち。じゃあ、元気でね」
彼はいつもみたいに、ポーズを決めたまま、一度だけ小さく点滅《てんめつ》してくれた。
「さあ、モチスケ、一緒に帰りましょう」
少女の柔らかな手のひらに包み込まれて、はじめて「温かい」を知った僕は、体の中心がぽかぽかとするのを感じた。
どうやら、心ってもんがあったらしい。
これもまた驚きの気づきだ!
よーし! あらたな人生のはじまりだ。
僕は、少女の手のすきまから、ピクトさんの姿が小さくなるまで、緑色の光をじいっと眺めた。
それから、今度はしっかりと前を見て、これからの未来に思いをはせた。
完